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パニック・メンタル

※病院で「思春期パニック症候群」と診断された後の話です。
※「どこへ行けばいいかわからない」「わかってもらえない」が続いた時期の話です。(私の場合)


最初に行ったのは総合病院でした。
処方箋もなく、過呼吸気味になったら紙袋を口にあてて二酸化炭素を吸って、というアドバイスだけでした。

「一生治らない」と言ったわりには、発作が治まりケロッとしている私を診て、医師はどう思って、その後のフォローを提案しなかったのか。
これは当時も今も、まったくわかりません。

平日で内科は混んでいるという理由から、横の神経内科を選んだ私がいけなかったのでしょうか?
知らんけど(笑)

ケロッと治って、彼氏も母にも「良かったね」と言われ、私も安心していました。
でも、どっこい。それは始まりだったのです。

その後、三年間ほど私は苦しみます😢
症状のオンパレード。定期的な発作から、慢性的な予期不安。

それでも、若くてエネルギー溢れる私は、必死の恋もしながら、日常をこなしていました。

なんせ、この病気は「さぼり」「わがまま」「ぐうたら」「甘え」などと勘違いされます。35年前なら、尚更です。

大丈夫な日もあれば、体調不良の日もある。予測もできない。
でも「思春期パニック症候群」の全貌を知らない私は、ちょっと体調がいい日は「治った」と思ってしまいます。

で、また別の日にしんどくなる。
ほんと振り回されていました!腹立つ!(-_-メ)


どこの病院の何科に行けばいいのかわからない

ある日、「また病院へ行こう」と思いました。
でも、どこの病院の何科に行けばいいのかわからない。

母に聞いても「わからない」と言われ、とりあえず「内科では?」と言われました。

高校生のときの通学路にあったクリニックへ行きました。
そこは内科、神経内科、心療内科が専門でした。

でも35年前です。はっきりは覚えていませんが、診察のとき私は症状のつらさと不安で泣きました。
そして、精神安定剤を処方されました。覚えているのは、それくらいです。


薬を飲むのが怖い

症状のひとつに、「薬を飲むのが怖い」というのがありました。

薬に対して無知だったので、精神安定剤は「やめられなくなる」「きつい」みたいなイメージがあったのです。
(今では、医師のもとで安全に使用したら問題ないこと、症状緩和の助けになることは理解しています。)

その頃は彼氏と同棲していました。家に帰り、薬を飲みました。胃薬も一緒に飲んだ記憶があります。

でも、きつかったのか、もともと飲むのに抵抗があったためか、吐き気がして、「やっぱりだめだ」と一回でやめました。
それから、しばらく途方に暮れていました。


大きい病気なんじゃないかという恐怖

その後、また別の病院へ行きました。今度は大きな病院の内科です。

症状を伝えました。私は「きっと大きな病気なんだ」と不安で仕方ありませんでした。

いろんな検査をしましたが、あまりに昔で覚えていません。血液検査などもしたと思います。

一番大きな検査は、24時間心電図でした。
それを装着して24時間過ごし、そのデータで「どのタイミングで動悸があるか」などを調べるものです。

結果がわかるのに、10日〜2週間くらいだったと思います。
その待っている期間が、めちゃくちゃ怖かったです。

結果を聞くのはもっと怖かったです。
「きっと、大きな病気を言われるんだろう」

そう思って、恐怖でたまりませんでした。これも症状のひとつだったと思います。


待合室が地獄

病院の待合の椅子で、順番を呼ばれるのを待つ間もソワソワして、椅子に座っていられないのです。
何度も外へ出て、外の空気を吸いに行きました。

地獄のような時間でした。
(この名残は今もあり、いまだに病院や診察結果を聞くことが恐怖です😢)


結果は「異常なし」

診察室に呼ばれ、恐怖でビビりながら医師の説明を聞いたら――

何の異常もなし!

ホッとして、でも「じゃあなんで??」という気持ちもあり、本当、複雑な心境になりました。

でも私は医師に、
「先生、ほんまに異常ないんですね?!良かった😢」
と何度も確認しました。

医師も「大丈夫、何もないですよ」と言ってくれました。

「また調子が悪くなったら来てください」とか何とか言われた(忘れました)と思うのですが、そのまま帰宅しました。

気分はホッとして、安心して、良かったです。

でも!体調不良は続くのです。

だけど!病院でいろいろ検査をして「異常なし」。
これは大きな心の支えになりました。

んが!異常なしと言われても、症状はある。
ここからが、またややこしいのです😅

母の「お墓参りに行く?」という提案

あるとき、母が私の体調を心配して、
「お墓参りをしたらどう?」
と言いました。

体調が良くなるように、ご先祖様にお願いしたらどうかな、と。

その後、実際に行ったのか行かなかったのかは、正直よく覚えていません。
でも、母のその言葉は、とてもよく覚えています。

あのときの母は、きっと「できることを何でもしてあげたい」気持ちだったのだと思います。

祖母もとても信心深い人でした。四国参りも何度も行き、立派なお仏壇もあり、立派なお墓もあります。

私はその頃、あまりピンと来ていませんでした。

でもここ10年ほどは、定期的にお墓参りもしますし、神様とご先祖様に手を合わせて祈るのが毎日の習慣になっています。
ただ祈っています。それが今の私の習慣です。


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