不登校と子育て

不登校と子育て

「ふつう」って言葉で、息子を傷つけた日

小学校時代、親子喧嘩の中で「ふつうは学校いく」と言ってしまい、息子に「ふつうってなに?!」と怒られた。部屋のドアの張り紙が胸に刺さった話と、近所での声かけがしんどかった頃の本音。
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忘れられない人、△さん。信頼関係はこうやって築くんだと思った

教育相談で出会った△さんは、包容力のある大人の男性で、引きこもりがちになった息子に粘り強く関わってくれた人。迎えに来てもドアを開けない日も、ハードルを下げて続けてくれ、数ヶ月後に息子は一人で通えるように。中学卒業後も3年間勉強を見てくれ、退職の日に花束を渡した。
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雪の朝4時と、フリースクール面接でわかったこと

不登校の最中に印象に残った2つの出来事。雪の朝4時に公園へ行き警察に声をかけられた息子の話と、フリースクール面接で感じた違和感。教育相談の〇さんに確認して「行かなくてよかった」と思えた経験、そして「真面目な子」と言われて視点が変わった記録。
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学校に行けないのに放課後は遊ぶ?と言われた日

学校に行けない日が多くても、放課後に友達と遊べた息子。担任から「不満が出ているので遊ばせないで」と言われた日、学童で「ひきずってでも行かせる」と言われて恐怖だったこと。無理やりの登校は何を残すのか、私の考えとして書いた記録。
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善意がしんどかった日。中学で「胴上げ」された話

中学で「行こう」と挑戦した日、クラスの胴上げは善意でも、緊張の高い息子には大きな負担だった。教育相談の〇さんが学校へ対応を追加してくれたこと、家を安全基地にすると決めたこと、家庭教師を頼んだが合わず辞めた経緯まで。
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中学入学が「きっかけになるかも」と思っていたけど

教育相談から中学校へ引き継ぎがあり、別室登校などの選択肢も用意されていた。それでも入学式当日、人の多さを前に息子は途中で引き返した。期待と現実がずれた中学入学の記録。
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教頭先生がいなくなった6年生。別室登校と、支えてくれた人たち

教頭先生の転勤と担任交代で、6年生はまた行けない日が増えた。別室登校の部屋、週1〜2回の遊具のある教室、事務員の先生の励まし。卒業式当日、体育館に入れなかった息子に寄り添い、校長室で卒業式をしてもらった話まで。
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教育相談で“原因を別角度から見た”話。天国へ行った祖父と、「不安の高い子」

教育相談で、不登校の原因を別角度から見ていった話。祖父の死の影響を考えて児童精神科医の診察を受け、「不安の高い子」と言われたこと。発達検査や起立性低血圧の検査も経て、私なりに振り返った記録です
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スローステップ。「一度できた」から次へ行かない、と決めた日

教育相談での合言葉は「スローステップ」だった。一度学校へ行けた=次も行ける、ではない。子どもが使ったエネルギーと疲れ、休むこと、そして「待つ」ことの難しさ。焦る親の気持ちごと振り返った記録。
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遊びから始まった教育相談。少しずつ「話せる」ようになるまで

市の教育相談での面談は、はじめは遊び中心でエネルギーを発散し、少しずつ「遊び+話す」へ。母だけの面談、暴力の相談、部屋を分けた配慮、「100%息子の味方」の実感まで、うちの場合の記録。
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