「習い事が多かった頃、残っているのは“ハッとした場面”」

不登校と子育て

習い事(時系列が前後します)

不登校になる前、うちは習い事が多かったです。並べると英会話、水泳、体操、サッカー、幼児教室、お受験塾、ピアノ、ダンス、乗馬、公文。

でも今思い出して強く残っているのは、「続いたもの」より「ハッとさせられた場面」です。


サッカー合宿の肝試し

サッカーは流行っていたし、お友達も入っていたので入部しました。

でも息子は勢いで突っ込むタイプではなく、ゴールキーパーがいいと言っていました。

わたしは足も速いし走り回るポジションが良いのではと思っていて、その頃は息子の性格をちゃんと理解してあげれてなく、もっと行け!もっともっと野心を燃やせ!くらいに思っていました。

幼稚園のサッカークラブで、一泊合宿がありました。内容は練習試合、バーベキュー、肝試し。

引率の先生は20代の体育会系の若い男性達で、無理をさせないか、本当に大丈夫なのか、わたしは心配で心配で仕方ありませんでした。

迎えに行って様子を聞くと、肝試しで息子は大泣きでパニックになり、結局先生と手を繋いでいたそうです。

その話を聞いて、本当にかわいそうなことをしたと思いました。みんながしているから、出来ているから、という理由で参加させたのは間違いだったのではと、心が痛みました。

そのことが原因ではないと思いますが、息子はいまだに体育会系のノリは苦手です。


ピアノの練習で、ベランダに出た息子

いちばん続いたのは、幼稚園から小学校卒業までのピアノでした。

発表会前の練習では、わたしはエネルギーが高くスタミナがある方なので、息子に練習を強いるところがありました。間違えると、間違えずに出来るまでやらせることもありました。

あるとき、息子が息がつまったようで、ベランダに出て深呼吸をしました。私はそのときにハッとしました。息子を追い詰めてしまっていることに気づいたのです。

リハーサルで舞台に立つことを病的に嫌がって、緞帳(どんちょう)を下して僕を見えなくしてほしい!と何度も言ったこともありました。

わたしはイライラして、早くしなさい!とか、みんなに迷惑かかるでしょ!とか言ってしまいました。本当に未熟な親です😢

先生が言ってくださった言葉が、今でも残っています。
「完璧じゃなくてもいい。前より少しでも弾けるようになった過程をほめてあげてください。」

今となっては、間違えたかどうかより、発表会に向けて練習したこと、応援してくれた人がいたこと、親子で連弾したことのほうが強く心に残っています。

ピアノは、不登校児になったときも唯一通っていましたので、やっていて良かったなと思いました。


ダンスは「恥ずかしい」じゃなく「嫌だった」

EXILEが流行っていて、ダンス教室があったので入会させました。息子はそんなに乗り気ではなかったけど、何となく通っていました。

見学できる日があって行くと、息子は恥ずかしがり、親に見られるのも、ほかの親御さんの目に入るのも嫌がっていました。

わたしは「恥ずかしいだけで慣れてないだけ、本当は好きだろう」と思っていました。

でも成長するにつれ、本当に人前で踊るのが嫌だったとわかって、やめさせました。

一緒のクラスの女の子が「みんなに見てもらいたい」と言っていたのを聞いて、息子は本当に見られたくないんだと理解しました。

そうじゃなきゃ、わたしは「本当はやりたいのに恥ずかしいだけでは?」と考えてしまう。なぜなら、わたしがそうだからです。


いま思うこと(私の場合)

辞め癖がつくから良くない、継続は力、という意見も聞きますし、続けていたらどうなってたかなと思うこともあります。

でも、やってみたからこそ、「この子は何が苦手で、何がしんどくて、どこで息が詰まるのか」を、わたしは少しずつ知っていった気がします。

(これは、私の場合の話です。)


『忙しくて、にぎやかで、希望が多かった頃』 『全部やらせてあげたかった母の気持ち』 『楽しい+ちょっと必死』

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