体調が不安定な時期って、「働く」だけで難易度が上がります。
これは私が、逃げ場のある働き方を探していた三年間の話です。(※私の場合)
思春期パニック症候群、三年間の仕事について
19歳、専門学校卒業間近のときに発症しました。
でも、アルバイトはしていました。
専門学校卒業後は就職も控えていました。就職活動はしましたが、就職はしませんでした。
体調のこともありましたが、卒業後から同棲を始めたので、家の近くで働き、家の用事もできるようにと思っていました。
まずは事務。座り仕事は、逃げ場が少ない
最初は、携帯電話の故障を取り扱う会社の事務員になりました。電話を取ったり、その修理内容を記録したりしていました。
この時も体調に波がありました。
しんどくなると、給湯室やトイレへ駆け込み、窓の外を眺めたり、外気にふれたりしていました。
間もなく、ここは辞めました。
座り仕事は、体調が悪くなった時に移動がしにくいです。
次に選んだのは、カラオケボックス(昼間)
カラオケボックスでもアルバイトしました。昼間の時間帯でした。
なので、アルバイトは私ひとり。とても気楽でした。
お客さんも少なく、ゼロのときもありました。
職場の人間関係もほとんどなく、カラオケボックスという娯楽の場所で、緊張感も少ない。
今思えば、あの頃の私には、すごく合っていたアルバイトだったと思います。
次はガソリンスタンド。動ける仕事に救われる
なので次に選んだのは、身体を動かせて、好きな時に好きな場所へ移動できる仕事でした。ガソリンスタンドです。
その頃、近所に新しいガソリンスタンドが出来ました。外に立っている仕事ですが、なんやかんやウロウロと出来るので、気がまぎれました。
そして、その頃はセルフではなかったので、給油や窓ふき、洗車も手洗いがありましたので、よく動きました。
私の場合は、動くと少し楽になることがありました。
フラフラしたり不安感が襲ってきても、動けば気が紛れて、症状が緩和しました。なので、この仕事はうってつけでした。
でも、体調が悪いのが朝からだと急に休むこともありました。何度もあったので、同じ年ごろのバイト仲間に「さぼりではないか?」と言われたこともありました。
そんなとき、ひとり同じ年ごろの社員の女性が、
「この子は身体が弱いんだからね!」
と言ってくれました。
ホッとしました。
花屋へ直談判。妖精が舞っているみたいな場所
ガソリンスタンドのアルバイトの次は、近所にとても素敵な花屋があったので、そこで働きたいと思い、直談判しに行きました。
「すみません、わたし、ここで働きたいのですが、アルバイト募集していませんか?」
お店の奥さんは驚かれましたが、
「笑顔が気に入りました」
と即採用してくれました。
とても嬉しかったです。
その花屋はガーデニングもしていて、広い敷地で素敵なガーデニングと切り花を扱っていて、毎日癒されました。
土と花と風と水と空。
花がたくさんおしゃれに植えられているところは、本当、妖精が舞っているような空気感でした。
カレー屋。症状が少し落ち着いてきたころ
その次に、カレー屋でアルバイトしました。ログハウスで出来たお店で、木の香りもして、とても素敵でした。
このカレー屋でアルバイトしているときくらいからは、だんだんと症状は落ち着いてきていたと思います。
その後、母とお店をすることに
その後、祖母と母がしていたお店が繁盛して、祖母が高齢で引退となり、母とわたしでお店をすることになりました。
その頃から数年間は、症状は落ち着いていました。
生理前は調子が悪くなったりしましたが、それは月経前症候群というものだと雑誌などで知り、自分もそうだと思っていました。
生理が始まるとピタッと症状が治まりました。

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