シングルマザーの入学前。周りの助言に揺れていた頃

不登校と子育て

小学校入学前のわたしの頭の中は、“こうしたら?”でいっぱいでした。
同じ時期にぐるぐるしてる人の、気持ちの整理の補助線になればと思って書きます。

※これは、不登校になる前の息子との日々の話です。


幼稚園から小学校へ。入学前のわたしの頭の中

幼稚園から小学校へ。
小学校への入学を前に、色々な考えや思いがありました。

なんせはじめての子どもで、わたしも母親になったばかりです。子育てに色んな夢や希望、憧れがありました。

他に兄弟を産んでいたり、わたしに旦那さんが居れば、また違う意見や考えも出てきたのでしょうが。

なんせ、未婚シングルマザーで、わたしの性格は慎重さと大胆さがあり、スタミナもエネルギーもある方でしたので、自分の思いを全部息子へ注いでいました。

息子も「たーたん、たーたん(お母さん)」と、わたしのことが大好きでいつも一緒にいましたし、わたしの言うこと、やりたいことに喜んでついてきてました。(自我が目覚めるまで😅)


周りの「こうしたら?」に、わたしが混乱していた

そして、未婚シングルマザーのわたしに、周りの方々も物や意見を言いやすいようで、「あ~したら、こうしたら」など、熱心にアドバイスをしてくれました。

わたしは何が正しいのかはわからず、でも、はじめての子ども、はじめての子育てで手探り状態で、意見やアドバイスをもらえば、

それが正しいのかなとか、そういうものなのかなとか、わたしは間違えているのかなとか。
混乱していました。

私の両親や弟は、わたし達を見守り、サポートしてくれるだけで、「ああしたら、こうしたら?」とは一切言いませんでした。

うちの家が出来ることをしたらいいし、挑戦してみるのも良い、というスタンスでした。
そして、息子をとても可愛がってくれました。


ある人の熱心な助言と、わたしのフェードアウト

まず、ある方は、二人の息子さんを育てるシングルマザーで、息子さん達を医者か弁護士にするために奮闘されていました。

とても熱心で、わたしにも「教育は大事」「将来のために」と、小学校受験のための塾を紹介してくれたり、私立の小中高学校が良いと勧めてくださったりしました。

わたしは感化され、息子をその塾にいれたこともありました。

でも、わたし自身が高校、専門学校卒と、学歴が高いわけではなかったので、なんとなくまわりに馴染めなかったのと、難しい勉強に苦戦している息子をどう扱っていいのかもわからず、塾はやめました。

その後も、その方から電話連絡があったり、外で偶然会ったりして様子を聞かれましたが、その方の言われるように出来ない自分が辛く、疎遠になりました。

その方は、「わたしが預かってお勉強を教えましょうか」と提案してくださったり、「わたしの息子がいつでも相談に乗りますよ」と言ってくださったりと、とても熱心でした。

そして、そこの息子さんは二人とも医者になっています。

当時、新米母のわたしには有難く、この恩恵を受けたら、息子は医者か弁護士になるかも?と思いましたが、身の丈を思うと、

今は、はじめての子どもは自分で考えて決めて育てたいという気持ちが勝ち、静かにフェードアウトしました。

ありがたさと、しんどさが、同時にあった。


ぐるぐるしながら進んでいた

上手く子育てがしたい、失敗したくない。だから、良いモデリングがほしい。なので人の意見やアドバイスは聞いて試してみる。

でもなんか合わない。わたしが未熟な気がする。楽な方に逃げているのか?

愛情はある。息子が大好きだ。
でもこの愛情が形を変えて、負担になり過ぎてないか?

そんな思いがぐるぐるしながら、色々と試行錯誤、模索しながら進んできました。

うちの両親は、こどもそれぞれに合う合わないがあるし、向いていればそちらへ自然に向かうし、ご縁があればそうなっていくし、という考えでしたので、

思考で溺れそうになっているわたしの息継ぎになっていました。

このあと、小学校入学で、わたしの“ぐるぐる”はまた形を変えていきます。


『期待と不安が混ざった朝』 『慎重さと大胆さが同居』 『全部を注いでいた母の頭の中』


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