教頭先生が迎えに来てくれた朝

不登校と子育て

「学校に行きたくない」と「仕事に行かなきゃ」がぶつかった朝。
私が疲れていった流れと、学校の支援がどう始まったかを書きます。

今回の見取り図

  • 朝のバトル→家に置いて出勤→学校へ連絡、が続く
  • 家庭訪問→別室登校→教頭先生の迎えで、少しずつ前進
  • 6年生で転勤が決まり、教育相談につないでもらう

二学期が始まっても、朝のバトルは続いた

学校へ行きたくない息子と、仕事にいかなければならない母との朝のバトルは、二学期が始まっても続きました。
わたしは心配性なので、小学校1年生の頃からずっと朝は息子を学校の近くまで送って行ってました。

その後に仕事に行ってたので、時間がずれると遅刻になってしまいます。
遅刻は出来ないから焦りますし、イライラもします。
そして、強い言葉や態度で息子を追い詰めます。

時間になったら、仕方なく息子を家において仕事に出かける日々でした。
そして、学校へ連絡。


先生が家に来た。でも息子は会わなかった

それが何日も続くと、学校側からも心配され、担任が家庭訪問して、息子の様子を聞きに来てくれました。

息子は、担任の先生が家に来たら色々聞かれるだろうし、学校へおいでと言われるのが嫌だから、会わないと言いました。
でも、担任の先生はおだやかな若い男性で、まずは家に来て話を聞いてくれるだけだから、という感じで。
部屋にあがってもらい、話をしていました。
今となってはどんな話をしたのかも忘れました。


別室登校と、段階的な「ここまで」

その後は、教室に入るのが嫌なら、別室登校をしましょうと、部屋を用意してくれました。
でも、なかなかスムーズににはことはすすみません。

今日は通学路のあの道まで。
今日は学校の門まで。
段階的にやっていくことになりました。

それも、みんなが登校している時間帯はいやというので、私の仕事を調整して(正社員からパートになった)時間をずらしていました。


教頭先生が迎えに来てくれた

その後、対応が学校の教頭先生になりました。
わたしは、朝に仕事へ行く前に息子と喧嘩になることが多く疲労しているからと、
これからは教頭先生が朝に息子を迎えにきてくれて、一緒に学校へ行くということになりました。

わたしは、そんなことしてもらうのは申し訳ないと言いました。
でも教頭先生は、
「心配しなくて大丈夫です。僕が迎えにくるので、お母さんは仕事へ行ってください。」
と言ってくださり、しばらくおまかせすることにしました。

そしたら、だんだんと、息子は学校にいくようになりました。


少しずつ、時間を伸ばしていった

学校にいっても、なかなか教室に入れない息子のために用意してくれた別室登校。
それも、朝から授業が終わるまではいれず、
一時間だけとか、給食の前までとか、給食を食べ終わるまでなどと、時間を少しずつ伸ばしていました。

わたしは、仕事をパートに切り替えたのと、訪問介護という職種だったので、待機時間など時間が融通効くこともあったし、平日に休みの日を作ったりして、息子との時間を作っていました。
6年生になるまでは少しずつ功をなし、息子は毎日学校へ行くようになりました。


6年生、教頭先生の転勤がわかった日

でも、6年生で進学と同時に、とても信頼していたその教頭先生が転勤になってしまうことがわかったのです。
それは親子を打ちのめす出来事でした。
息子もそれを知って泣いていました。

せっかく信頼関係が出来て安心して通えるようになったのに。
また凄く不安になりました。
教頭先生も、卒業まで一緒にがんばりたかったけど、とおっしゃってくれました。

息子は終業式の日に、教頭先生に花束を渡して一緒に写真をとり、
がんばれよと励まされ、涙をながしました。


最後に、教育相談の連絡先をつないでくれた

そのあと、教頭先生が、
市の教育相談に、不登校児をみてくれるところがあり、とても熱心な先生がいるので紹介したいと思います、
とその連絡先を教えてくれました。

わたしは嬉しくて、ありがとうございます、連絡しますと言って、
教頭先生に繋いでくださったことに感謝しました。


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