「行きたい」と「行けない」の間で揺れていた頃の話です。
善意や応援が、本人には負担になることもある…と気づかされた出来事を書きます。
行こうとしたことは、何度かあった
息子も、中学校へ行こうとしたことがあります。
同級生も「学校へおいでよ」と声をかけてくれていました。
なので、何回か挑戦しました。
本当は行けるなら行きたかったんだと思います。
みんなの歓迎が、息子には重かった
ある日、学校へいきました。
そしたら、クラスのみんなが喜んで興奮して、息子を胴上げしたそうです。
それを聞いて、わたしは微笑ましいと笑いました。
でも、息子にとっては本当に嫌だったそうです。
緊張の高い子です。
そっと受け入れてほしかったのだと思います。
熱烈な歓迎が、とても負担だったようです。
〇さんが、中学校へ「対応の仕方」を追加してくれた
そのことを教育相談の〇さんに報告しました。
〇さんは、息子が本当に嫌だったことを理解してくれて、中学校へ息子への対応の仕方を追加して報告もしてくれました。
〇さんは学校と息子の架け橋役でもありました。
担任の先生が家に来てくれた
若い担任の先生はよく家まで来てくれました。
何をするのでもなく、ゲームの話をしたり、一緒にゲームをしたりして、少しの時間ですが関係を作ってくれました。
でも、息子はもう学校へ行くことはありませんでした。
わたしも覚悟を決めた
そうなると、わたしも覚悟を決めました。
家を息子の安全基地にする、居心地の良い居場所にすると決めました。
そして教育相談には定期的に通いました。
覚悟は決めても、わたしはまだ未熟で、どうしたらいいのかわからなくなったり、今後の進学や就職を考えると不安になったりしました。
教育相談で〇さんにカウンセリングしてもらうことが、不登校が長引くたびにとても有り難かったです。
当初は教育相談でも「そのうち学校へいくようになれる」という見解でしたが、中学校も行けなくなったので簡単ではない状況になりました。
なぜなら教育相談は義務教育までしかみてもらえないのです。
わたしはだいぶ焦りました。
息子が将来は高校にはいかないと言い出したからです。
中学校の3年間なんてあっという間です。すぐに進学について色々動いていかなければなりません。
どうしよう、とすごく思い悩みました。
中卒で仕事でもいいけど、やはりやれる仕事の範囲が限られる。困ったな、という思いでした。
それでも日々は過ぎていきます。
学校に行かない分、家にずっといる息子。勉強もどんどん遅れている。
中学校から課題や宿題のプリントも来ますが、やらないし。
家庭教師は「頼んだ」。でも、うちは合わなくて辞めた
なので、わたしは家庭教師をお願いしようと探して、契約しました。
「不登校児も見ます」という大学生がいる会社でした。
でも、無理ゲーってやつでした。
息子は大学生の先生とゲームはしますが、勉強は嫌がりました。
せっかく先生が家に来てくれても、気分が乗らなければ嫌がり、部屋から出てこないこともありました。
そうなると、来てもらったのに帰ってもらうことになります。月謝も発生します。
たまにやる気が出て勉強しても、わからなくなると遊びだし、それを先生は叱ります。
先生には弟がいるそうで、弟に言うように叱ります。
息子はひとりっこで、兄に怒られたことがないので戸惑います。
勉強が終わったあとに「もう嫌だ」となることも多かったので、うちは無理だなと思って辞めました。


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