「学校がしんどい」に傾いていった、夏休み前の空気

不登校と子育て

小5の夏休み前、ピアノの発表会

小学校5年生の夏休み前に、ピアノの発表会がありました。
その練習をしていました。

色んな条件が重なったと思います。
この頃から、息子が学校へ行き渋るようになりました。


母に「違う存在」ができたこと

数年前から、母であるわたしがあるミュージシャンにはまり、推し活をしていました。

息子への愛情が変わったわけではないけど、息子からすると、それまで自分に全愛情が向けられていたのが、母に「違う存在」ができて、さみしかったのだと思います。


忙しさと疲れと、関わる時間

そして、シングルマザーで、介護職で、追っかけもしていて、日々忙しくして疲れていて。

息子に対して、以前よりちゃんと関わる時間が減ったことも、今になって思い当たります。


祖父の死

父親のいない息子にとって、父親かわりにもなっていた最愛の祖父が、病気で亡くなったこと。
それも、息子の中では大きかったはずです。
悲しくて眠れなくて、泣きながら、抱っこしてと。
後ろから抱きしめて「大丈夫、大丈夫」と、一緒に寝ました。


発表会とプレッシャー

そこに、ピアノの発表会。

人前に立たないといけないこと。
ピアノの練習をしなければならないこと。

(この頃のわたしは「頑張ろうね」って言っていたけど、息子の中ではプレッシャーの形が違っていたのかもしれません。)


授業参観の発表も「嫌だ、恥ずかしい」

そういえば、授業参観のときに、保護者達のまえでグループ研究の発表があるけど、嫌だ、恥ずかしいと言ってました。

当日、緊張で顔がこわばり、目線も下を向き、声も低く、でも一生懸命発表している息子の姿がありました。

帰宅後に家では、「上手にできたね」と言うわたしに、息子は「本当に嫌だった」と言ってました。

5年生くらいからの「自我」

これは後から知ったことですが、小学校5年生くらいから、自我が目覚める時期だと言われました。

他人からの目が気になったり、自分の中の評価が厳しくなったり。

小学校4年生までは「好きなおもちゃが手に入るか」みたいなことが思考の大半だったのが、5年生からは変わる、と。


いま振り返ると

いま振り返ると、あの夏の前後に、いくつもいくつも重なっていた。

だから、急に「学校がしんどい」に傾いていったのかな、と私は思っています。



『がんばっていた時間』 『まだ普通の毎日』 『でも少しだけ胸に引っかかる』 『夏の前、止まる直前の空気』



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