「相談」って、答えを出してもらう場所じゃなくて、呼吸を整える場所でもある。
はじめて教育相談に行って、“支援のかたち”を知った日の記録です。
今回の見取り図
- 市の教育相談へ初めて行く
- 〇さんが「信頼できる」と感じた(のちに5年お世話になる)
- 個室で、息子のこと/私の生活のことを詳しく話す
- 「息子さんに来てもらう作戦会議」をする
- 「私は何があっても100%息子さんの味方」…その一言が刺さる
- 私の中の矛盾(行かせたい/否定したくない)が浮き彫りになる
はじめて市の教育相談へ行った
はじめて市の教育相談にいきました。
はじめて会った〇さんは、ショートカットでハツラツとしていて、経験豊富に見え、信頼できる感じでした。
その後、その〇さんが定年になるまで、数年お世話になりました。
途中、年度代わりにもしかして転勤になるかもしれないという、教頭先生と同じような危機(私たち親子にとって)も何度か訪れましたが、何とか乗り越えました。
鍵のある個室で、いろいろ話した
はじめての相談では、息子が生まれてから今までの様子や、わたしの生活や仕事のことなどを詳しく話ました。
それは、鍵のある個室で、プライベートは守られていました。
私は、息子に早く会ってもらいたいと思いました。
ここは「母親の私」も支えてくれる場所だった
もちろん息子のことがメインです。
でもこの教育相談は、母親であるわたしが抱える不安や心配、悩み事を傾聴し、共感、受容の姿勢で関わり、息子と母親の健全な親子関係をサポートしてくれました。
「どうやったら、息子が安心してこちらへ来れるか」
作戦会議をしました。〇さんは慎重に考えてくださしました。
息子に来てもらう作戦会議
「声かけて、嫌がらずに来てくれるかな?どうおもいます?」
と聞かれました。
わたしは、息子はわたしが居たら一緒にくると思いますと言いました。
まだ言っても10歳、小学6年生です。学校に行くのは嫌でも、外食や買い物は一緒に行ってました。
「私は何があっても100%息子さんの味方です」
そして、一番重要なことを言われました。
「お母さん、わたしは何があっても100パーセント息子さんの味方です。
ときには、お母さんの前で、息子さんの100パーセント味方になり、お母さんはそれは違うんじゃない?と、嫌な思いをすることもあるかもしれません。」
わたしは、それは本当に有難いと思いました。
行かせたい私/否定したくない私
学校へ行かない息子を、学校に行かせるようにするということは、今の息子を否定していることになると思っていました。
わたしは息子をとても愛しているのに、社会の仕組みに馴染めない息子にイライラしている自分自身がとても辛かったからです。
本当はわたしは、学校に行かなくても色んな道があるじゃない、と考えるタイプでした。
でも、いざそれが「はじめての子育て」「自分の息子」となると、心配や不安が先に立ち、ついつい社会の仕組みに合わせる方になっていたのです。
『ちゃんと話を聞いてもらえた』 『味方って言葉が残っている』 『作戦会議が始まった』 『ここから長く続く場所』


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